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オーロラ紀行・観光編

ホワイトホースの2日目、この日の気温午前10時頃でマイナス31℃、この気温ですとまつ毛やまゆ毛など外毛(?)に白いモノが・・・wobbly

午前中は市内観光へ、ノーザンテイルSさんの案内でまずは立派なホワイトホースビジターセンターで町の誕生や歴史、地理など説明していただきました。

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ユーコン準州だけでも日本より広く、かつてゴールドラッシュで賑わったドーソンシティへの中継地だったホワイトホースはアラスカハイウェイを7、8時間走ればアラスカ国境です。金鉱発見の頃は道路がなく、一攫千金を夢見て殺到した人々は厳しい自然の中慣れない山越えなどで多くの犠牲者を出したそうです。中でもアラスカハイウェイの誕生に第二次世界大戦の日本が深くかかわっていたという話にはびっくりしました。なんとアリューシャン列島から日本軍が侵略してくる動きがあったため脅威を感じたアメリカが総力をあげ2600kmのハイウェイを8ヶ月ほどで作ってしまったというお話、今でもそのいきさつを知っているお年寄りから日本のおかげだと言われることもあるそうです。

ホワイトホースという名の由来はかつてユーコン川を船で往来した時渓谷に2ヶ所の難所があり、波立つ白い水しぶきが白い馬のたてがみを思わせる所からついたそうですが、今はダムによって姿を消してしまったそうです。

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かつて金鉱掘りの人や物資を運んだユーコン川の外輪船「クロンダイク号」は薪を燃料とする蒸気船、今は歴史の証人として繋留されています。

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ホワイトホースには高い建物がなく、4階建ては高層建築物と地図に記されていました。

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町の真ん中に建つオールドログは1940年代に当時80歳になろうとしていたログビルダーによって建てられたものだそうです。当時の住宅不足解消のためだったそうですが、今も現役のアパートとして使われているようです。金鉱ではなく最近は鉱物資源が脚光を浴びて第二期ゴールドラッシュのような状態で住宅が不足気味らしいです。

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この『H』のプレートは歴史的建造物である証、どうしてもログに目がいってしまいますが、町に残るオールドログはいずれも実用的な素朴な作りですhouse

昼食後はオプショナルツアーへいざ・・・続きますsoon

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